聖なるコスメ、聖なる日常

美しくなるアイテム、コスメ。コスメから森羅万象をみつめます。

草間彌生と天使のコスメ

 

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(2017年6月玉川上水付近にて)

 

 

    安定を求めるのは悪魔である。と、前衛芸術家の草間彌生さん。

 安定を求めるのが悪魔であるなら、不安定さに身を委ねるのは天使ということになる。不安で、惑う心が安定を求める。その心細い気持ちの、どこが悪魔なの?と訊ねたくなる。

 さらに草間彌生さんは「物乞いをしてでも自分のやりたいことをやるべき」と追い打ちをかける。その気概が、彼女にジョージア・オキーフ宛の手紙を書かせ、ニューヨークで飢えを凌ぎながらの制作活動をさせた。 

 安定と不安定。2月5日のブログで、思考の防腐剤のことを書いた。草間彌生さんの前衛芸術にふれることは、思考の防腐剤のデトックスになるかもしれない。

 

 九割の「オーガニックコスメ」に思考の防腐剤が施されている。自然のものとはいえ防腐効果が施されているのだ。貨幣を介在させる限界である。経営陣や開発者が不安にならないくらいの安定がどうしても必要なのだ。ギリギリ悪魔的。ただ、オーガニックコスメともいえないジャンクコスメよりは遥かにましであり、私自身、愛用するオーガニックコスメはいくつかある。時折、境界線を飛び越えられそうなコスメが発現するから。コスメ好きとしてはその発見がたまらない。

 

 では不安定な、天使のコスメはあるのか。ある。機会に恵まれたらぜひ試してほしい。

 

 市販されていない本物のハチミツを、遮光性の小さな瓶に落とす。ハチミツは小さな瓶の半分以下にする。そこに本物の湧き水を入れる。瓶のフタをしっかり閉めて、カバンの中に入れる。そのカバンを持って出歩く。明るい陽光の下で歩き、夜はひそやかな場所にカバンを置くとなおさらいい。

 いくつかの太陽と月を見た後、思い出したようにそれを取り出す。フタを開けて、「ポンッ」という音とともに、白い煙とかぐわしい香りがしたらできあがり。化粧水とも乳液ともつかない基礎化粧品が完成する。抗酸化作用、美白効果はもちろん、保湿効果、代謝機能もアップするだろう。

 さらにこのコスメは、使いようによっては減らずに増えていく。瓶の三分の一くらいを使ったら、そこにまた、湧き水を入れる。しばらくして蓋を開けると、瓶いっぱいにかぐわしい香りのコスメに満たされている。ちゃんと発酵していれば、使っても使ってもなくならない。逆に使わないと溢れてしまう。

 つまりこれは最古のお酒、蜂蜜酒(ミード)だ。蜂蜜が変化している。でも腐っているわけじゃない。偶然できた蜂蜜酒のあまりのかんばしさが、腐敗系ではない、発酵系の可能性を人類に拓いたのかもしれない。

 きちんと発酵する素地ができていれば、なにか植物の汁を添加しても発酵が続く。もし、その植物の汁が市販のもので、表示されていない防腐剤が使われていると、発酵が止まってしまうことが多い。

 減らないコスメ、生きているコスメを手にすると、なぜ発酵を法律で管理しているのか、現代社会の仕組みも透けて見える。

 

 天使のコスメは、安定しない。発酵が止むと、腐敗に進む。

 本物のハチミツも本物の湧き水も、貨幣や、貨幣に代表される欲得のやりとりが介在すると、きわめて入手しづらい。路面店、ネット、生産者直売。最も確率が高いのは、やはり生産者直。もっといえば、売っていないものがいい。貨幣の介在がない分、工夫と愛が必要になるけれど。ハチミツの発酵具合を見ていると、生産者だけではなく、流通する人、販売する人の欲得も関係しているように思う。

    仮に入手できて、見事に発酵させられ、誰かに渡せたとしても、相手の状況によって、増えるほどの生命力のあるコスメになるかどうかは分からない。たいてい失敗する。小さなちっぽけな瓶に秘めた可能性を理解するには、まずは自分でつくる経験が必要なのだ。自分でつくったことのある人は、発酵する場も、発酵したものの威力も知っているから、大事にする。

 すべてにおいて不確定要素が多い。だからこそ、なのだろう。肌に極上の効能と、現在の経済システムを超えた豊かさが具現化する。

 

 十三年前、天使のコスメをつくった。つくった、というより偶然できた。

 

 初めのうちプレゼントしたのは、オーガニックコスメを支持する人、無農薬無化学肥料のみかんを栽培している人、スピリチュアルな能力によるリーディングで生業を得ている人、現代科学に精通しているからこそ現代科学の限界を知る学者さん、作家の方などに。

 しかし残念ながら、価値を思いきりプレゼンしなかったためか、あまり価値があるものだとは思われず、持ち歩いたりしなかったために、増えるコスメにはならなかった。

 次に、肌トラブルに見舞われている人たちにも使ってもらった。顔が赤青くなっている人、吹き出物が出てしまった人など、緊急で相談に来てくれた人たちだ。その人たちは、増えるのを待たずに使いきってしまった。

 「より美しくなるために」というオーガニックコスメのターゲットユーザーに使ってもらえば良かったかもしれないが、基礎化粧品の定義からあまりにかけ離れているため、友人にさえ渡せなかった。 

 

 天使のコスメは不安定。しかも、企画・開発から、流通・販売、そして使い手にまで、すべてに目の届く範囲にとどめたい。

 実験結果から、コスメメーカーをつくる野望を棚上げにした。オーガニックコスメの定義に叶う、通りいっぺんのコスメをつくるのは、退屈だ。

 かといって天使のコスメは、現代の資本主義社会にはそぐわない。暗記教育のエリートが仕切っているゆえに、不安定さの概念が浸透しづらい。

 奇跡の、天使のコスメは、 あと十年後くらいにはつくれるだろうか。それまでには社会が変容しているだろう。オーガニックコスメの限界を飛び超えた、生きているコスメのリスクを承知で入手したい女性が出現するといい。いまの三十代、環境への配慮が当たり前の人が比較的多い世代の子どもたちが育ったら、可能性はあるかも。

 

 草間彌生さんは、いまなお不安定に、挑戦的に生きている。かくありたい。